2014/08/03

マクベス ザ・ギャングスター/Macbeth


【物語】
 ギャングのマクベスは取引で裏切ったマクドンウォルドを捕える。そこに三人の魔女が現れマクベスに将来、ボスになると予言し消える。マクベスは功績を組織のボス・ダンカンに高く評価される。

 予言の話を妻に伝えるマクベス。マクベス夫人はマクベスが出世の為にどんな事でもする強さが無いことを心配しマクベスを叱咤する。
 そしてマクベスの屋敷にダンカンが宿泊する。マクベスはダンカンの暗殺を夫人に叱咤されながら決意する。そしてマクベスは寝ていたダンカンを短剣で刺殺し、眠っていた護衛にその罪を擦り付ける。ボスの息子・マルカムは身の危険を感じ逃走し、ボス暗殺の黒幕はマルカムだということになる。
 マルカムがいなくなりマクベスはボスになった。しかしマクベスには魔女のもう一つの予言が気になっていた。それはマクベスの盟友バンクォーの子孫が王になるというものだった。これでは自分はバンクォーの為に尊敬するボス・ダンカンを殺したようなものだ。マクベスは暗殺者にバンクォーと息子フリーアンスの暗殺を命じる。暗殺者達は森でバンクォー親子を襲撃しバンクォー殺害には成功するが、フリーアンスは逃がしてしまう。
 マクダフはマクベスに不信を感じ、マクベスの酒宴を欠席し、マルカムの元に向かう。マクベスはマルカムの家に暗殺者達を差し向け、マクダフの妻子を殺す。
 マクベスの元に再び三人の魔女が現れ、女から生まれたものにはマクベスは殺せないと予言する。安心するマクベス、屋敷からは次々と部下たちが逃げ出し、マクベス夫人も罪悪感から精神が狂い自殺、ダンシネインのマクベスの屋敷には終焉の風が吹き始めていた。
 マクダフとマルカムが戦闘部隊を率いてマクベスの屋敷を襲撃する。MP5と45口径の拳銃を手に孤軍奮闘をするマクベス。その目の前に復讐に燃えるマクダフが現れ、二人は激しく戦う。女から生まれたものには自分は殺せないと豪語するマクベス、しかしその胸にマクダフは遂に復讐のナイフを突き立てる。死にゆくマクベスにマクダフは言った。「私は月足らずで母の腹を割いて取り出された、女から生まれていない」
 復讐を遂げたマクダフはフリーアンスとともに殺戮の始まりとなった屋敷を後にする。
【感想】
 面白い。非常に良い、血なまぐさいマクベスだ。ちなみに観るのは二回目だ。
 マクベスをほぼそのまま現代のギャングを舞台にした映画だ。セリフはシェイクスピアそのままなので時代がかっている。なので、観る人間を選ぶ。 私はもともとシェイクスピアが好きなので全く抵抗がない。
 現在、演じられているマクベスの元になっている脚本は、オリジナルより短い公演時間を想定して作られたバージョンだと言われている。理由は前後と繋がらないシーン、セリフ、登場人物がいくつかあるからだ。この映画はこの部分をカットしたり、変更したりして、不自然な部分を解消している。
 特に冒頭の変更は大胆だが、非常に有効な変更だ。オリジナルでは三人の魔女にマクベスとバンクォーが会い予言される。マクベスが王に、バンクォーの子孫が王になることを。中盤、バンクォーがマクベスにこの予言について話しあおうと語りかけるセリフがあるが、結局話しあうシーンはない。当然、バンクォーはこの映画では魔女に合っていないのでこのセリフは削られる。
 この変更が良い点はそれだけではない。マクベスだけが魔女に会っているので、魔女が実在しているか否かがわからなくなっている点だ。マクベスの野心が、弱い自分を焚きつけるために創りだした幻覚かもしれないと解釈もできる。中盤、魔女が逃げ出した先にいた部下にマクベスが魔女を観たかと聞くと、部下は何も観ていないと答える。魔女は超自然的な存在なので、どっちかはわからないが、映画は色々と解釈できる余地があるほうが、面白い。
 また暗殺者たちに関する部分もカットしている。マクベスが暗殺者達に命令を下す前にこういう、前に説明したとおりお前たちが憎むべき相手はバンクォーなのだと、このセリフから恐らくマクベスが自分をを恨む男たちをそそのかし、逆にバンクォーを殺す暗殺者に仕立て上げるシーンがあったのではないかと予測できるが、そのシーンはない。そしてバンクォー襲撃の直前に唐突に三人目があらわれ一味に加わる。映画ではただ命令を下すだけで、三人目も出てこない。この方がテンポもいい。
 こんな感じで、この映画ではオリジナルの不自然な部分をカットや変更している。それは成功している。
 また不自然な部分以外でも大胆に変更して成功している部分がある。それはマクベスがダンカンを短剣で何度も刺すシーンが描かれているところだ。オリジナルでは台詞で語られるだけだ。だがこの映画では執拗に描かれるので、マクベスの血まみれ感が増している。マクベスは血塗られているべきだ。
 またオリジナルではダンカン暗殺後、ダンカンの部屋の外で話が進むが、この映画ではダンカンが死んでいる寝室で話が進み、マクベス夫人が気絶するのも、ダンカンの血まみれの死体を観たからだ。オリジナルでもマクベス夫人が気絶するが、それは演技ぽい(色々な解釈はあるが)、この映画の場合は死体を見て気絶するので、演技ではなく本当は良心の呵責に耐え切れない弱い人間だと解釈でき、狂って自殺する伏線になって良いと思う。
 また前述した暗殺者の二人組だが、この二人が良い。マクダフはの妻子を殺すシーンもきっちり凄惨に描かれている。妻の首をワイヤーで締め恍惚の表情をする暗殺者には目を背けたくなる。だが目を背けたくなるような殺人が繰り返されるのがマクベスなのだ。そして暗殺者ふたりは最後マクダフたちに捕まり処刑される。オリジナルではマクダフの妻子を殺した後、出てこないが、彼らは報いを受けたほうがしっくり来る。また処刑の前に手を握り合うのも良い。気に入ったよ。
 オリジナルでは最後にマルカムが演説をして明るく終わるが、この映画ではマクベスにとどめを刺そうと屋敷に入ってきたフリーアンスが誤って反射的にメイドを撃ち殺してしまう。子供が無実の女を殺してしまう。マクベスの屋敷では何もかもが血まみれなんだ、クソッタレめ!そしてマクダフがフリーアンスの肩を抱いて森を歩いて行く後ろ姿のシーンで終わる。マルカムの演説はない。家族を失い傷ついた二人が寄り添う姿で終わる。四大悲劇なのだからこれくらいのほうがふさわしいと思う。(色々とオリジナルより良くなっているという点をあげたが、単純にシェイクスピアより優れているとは言っていないつもりだ。シェイクスピアが書いていた時代には色々と制約があったからだ。例えば有力者のご機嫌を取るためのシーンを付け加えたりするようなだ)
 この映画はマクベスの血塗られた悲劇という部分を重点に描かれており、それはマクベスの本質だ。この映画はマクベスの映画化でかなり成功したものだと思う。